藤井大史の音楽講話<後編>

 さて、そこでバッハです。


 バッハはどの位の人か?みんな勘違いしているんですが、日本ていうのは明治時代があってその前に江戸時代というのがあって、その前に安土・桃山時代があって、室町があって鎌倉があって平安があるという風に時代時代で動いているでしょう?で、向こうは(外国は)、現代・近代の前にロマン派があって、古典派があって、バロック、その前にルネッサンスというのがあるんですよ。だから、バロック時代の巨匠というからものすごく昔の様に思うんですけれども、判りやすく説明すると、八代将軍吉宗という人がいますよね。八代将軍ということは江戸時代の真ん中ですよね、将軍は十五代だったわけだから。バッハと吉宗はほとんど同じ齢、江戸中期の人なんですね。もう少しくだけて言うと、忠臣蔵の討ち入りの時に大石内蔵助の息子に大石主悦というのがいる。この人は裏門の大将だった人ですが、この大石主悦とバッハが同い歳だったんです。だから、時代劇にしょっちゅう出てくるあの位の(時代の)人なんですが、それではバッハを何故みんなが古い古いと思っているのか?


 これはもう単純な理由で、バッハより前の音楽を学校で教わらなかったから。前のを知らなければ、それを一番古いと思うワケ。それでは、何で日本の学校ではバッハが一番古いか、これも非常に単純な理由なわけなんですけれども、バッハというのはあんまり音楽が複雑だったから、死んだ後しばらく、100年位ほとんど(作品が)上演されなかった。で、それを初めて復活して上演したのが、メンデルスゾーンという、この人はヴァイオリンコンチェルトを書いて有名なひとですね。この人が初めてバッハの、もの凄い大曲の「マタイ受難曲」を復活上演したんですね。その後、だから、メンデルスゾーンより若い人たちというのは、バッハとはすばらしいじゃないか、っていうんで「第一次バッハ全集」という楽譜を刊行するんです。で、その刊行委員長がブラームスなんです。ブラームスというのはさっき言ったように近藤勇と同い歳、福沢諭吉よりちょっと後の人ですから、ちょうど明治(時代)になって日本から洋楽を勉強しに、たくさん若いやつがヨーロッパに行きますね、滝廉太郎とか。あの辺がヨーロッパに行って学んでた時に、バッハは最高の神様みたいな、もうピークだったわけです。流行ってたんですね。だから、音楽の父とか神様扱いされて、日本でそのまんまず〜っとバッハのイメージが出来てしまった。(後略)



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